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憲法記念日:憲法改正論議について

これも、1年前(2005年5月)に書いたものの再録ですが、考えは変わりませんね。

憲法改正論議:改正することに、まず、その意義がある

すでに日本国憲法が制定されて60年近くにもなる。ということは、せいぜい80歳以上の人だけが、制定過程に成人として立ち会うことができたということだ。その後、まったく修正がない。日本国憲法は、その改正要件があまりにも厳しいため、現実的に改正が不可能に近いからだ。まさに、不磨の大典化しているといってもよいが、このことが憲法を死滅にいたらせる。

他方、条文を変えなくても、解釈による実質的な改憲が頻繁に行われてきた。解釈改憲だ。よく知られた、9条の戦力不保持規定はもちろんだが、89条の公の支配に属さない教育事業への公共財産の支出を禁じた条文でも見られる。明文的におかしいことを無理やり解釈によって、つじつま合わせすることで、憲法への信頼性が薄らぎ、さらには論理軽視の風潮を呼んだことも否めない。「自衛隊は軍隊ではない」「違憲合法論」などという珍妙な主張もあった〔今でもある?)。

変えることができないことで、逆に憲法に対する敵意が生まれ、また「憲法が制限しているから、必要なこともできない」というエクスキューズになっているのは、国民にも憲法にとっても不幸なことだ。

民主政治は、多数支配〔過半数)が原則だが、日本国憲法の改正規定である96条は両院における3分の2以上の賛成と国民投票を要求している。憲法改正が重大事項だとしても、ここまでの厳格さを求めるのは、①現行憲法の無謬性意識が強いことのほかに、②戦前の反省からか、国民主権といいながら、国民の民度や政治プロセスを完全には信頼していないことの反映のようでもある。憲法改正反対派にもこうした考えは多いようだ。民主主義のために憲法を守るといいながら、主権者としての日本人の判断〔これこそが民主的プロセス)を信じていないのだ。

そもそも憲法は、革命、独立といった政治体制に大きな変化があったときに、新しく権力を掌握した政権勢力が、爆発的な勝利の高揚感をベースに、その正統性や理念、政治的スローガンをアピールするものだ。当然、前体制・秩序への批判・反省から出発している。時代背景が色濃かったり、ムードや理念先行になるのは、いたしかたない。それが憲法の原点だ。

それだけに、どんなにすぐれた憲法であれ、長期間、その生命力を持ち続けることは容易ではない。もし可能だとするなら、それは、現在を生きている主権者を、過去の論理によって拒絶し続けることによってではないはずだ。まずは、憲法改正規定の見直しからはじめるべきだろう。国民投票があるのなら、国会での発議は過半数の賛成でよいはずだ。どのみち最終責任は、憲法ではなく日本国民が負うことになるからだ。

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by citywatch | 2006-05-03 09:15 | トピックス/時事評論