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国家の品格を論じる藤原教授の素人度

フジテレビの報道2001で、藤原正彦という人物が出ていた。「国家の品格」という品性を感じないタイトルの著者だ。なんでも、この本は88万部も売れているらしい。私自身は、この著作は読んだことがない(多分読む必要もないと思う)が、たまたま、今月号の月刊現代に、本人が書いた「日本を『卑怯な国』に貶めた責任者たちの大罪を問う――亡国総理と似非エリート、許すまじ」というタイトルの記事があった。その内容と、テレビでの話もほぼ同内容で、その言い分は分かった。テレビでは、同席した中曽根氏が巧妙に距離を置いて、自身の品格保全に努めていたのが印象的だった。

はっきりしたことは、お茶の水大学の数学教授との肩書きを除けば、何の学術性もない素人話で、説得力はまるでないということ。そもそも、前提と結論をむすぶロジックがあまりにもずさんで、学者とは到底思えないレベルだ。藤原教授本人は、論理重視を否定するような発言をしているが、それは彼の主張がほとんど論理的でないことのエクスキューズとしか思えない。出版元の新潮社はその肩書きとエキセントリックな主張のギャップに注目したのだろうが、これが、皮肉にも市場経済原理に沿う形で大ヒットになった。

さて、中心テーマとして、市場経済原理をターゲットにしているが、その話はあまりにも大雑把。たとえば、日産のカルロス・ゴーン社長の功績を否定する形で、次のように言い切る。
「会社を再建したと評価されていますが、あれだけの大人数をリストラすれば短期間に成果を上げるのは簡単です。」 ・・・ はぁ、そんなに簡単ですか。分かっていることと実行することとはまったく別物だと思いますが。もちろん、ゴーンがやったのはリストラだけではない。普通は、これだけのことを言ったら、もう少し因果関係を敷衍して説明しないと。

また、次のようにも言う。「論理なんてものは、短いものならいくらでも勝手に編み出せます。もし私に1時間くれたら、『人を殺してもいい論理』を100通りつくってみせてもいい。」戦争をはじめる論理にしてもどちらにも言い分があり、「論理などいい加減なものなのです」という。
いい加減な論理がないわけではないが、論理を無視しては、近代社会は何も始まらない。論理が支配しなければ、そこはオカルトの世界だ。彼の主張は、ある種オカルトだからそれでかまわないのか。

市場原理や、民主政治に対しても、明らかな反感を持っているようだが、市場原理や民主体制をほとんどの国や社会が受け入れているのは、それらが、完璧なものだからではない。他に代わるべき、よりましな制度がないからだ。市場原理や民主制度の欠陥、問題点は、すでにあらゆる角度から指摘されている。だからといって、これらを否定することにはまったくならない。

ひとたび、市場メカニズムを否定したら、経済の基本である「価格決定」から定義しなおす必要がある。そしてこれは、マルクスなどが挑戦して結局、十分な説明ができなかった。企業の行動を説明するのも、利益を最大化するという前提を崩したら結局、全体を見渡せるだけの新原理、ルールと、ジャッジが必要になる。そんな完璧な原理、ルールも超人的なジャッジも存在しない。

民主政治も同じだ。民主政治のマイナスを指摘することは簡単だが、これに代わる制度は見当たらない。民主政治の前提は平等主義だ。一個の人間は同等の価値を持っているという前提以外に、合理的な説明がないから、これを受け入れている。ある人物は、IQが150だから、3人分の投票権をとか、税金を平均の5倍払っているから5人分の投票権をとはいかない。誰もが納得できる合理的な説明にならないからだ。

そして、国家の品格。もしこれを論じるなら、本来、国家とは何か、品格とは何かがまず、論じられるべきだが、これは発見できなかった。

藤原教授は品格ある国家の特徴として4点挙げている。
(1)独立不羈(ふき)、(2)高い道徳、(3)美しい田園、(4)天才の輩出

(1)について、「現代日本は、ほぼアメリカの植民地状態にあり、真の独立国家とはいえなくなっています。」 そりゃそう思っている人は多いだろう。しかし、一方で、国家というものが、かつての国家主権絶対の時代でないことも分かっている。現代において、「真の独立国家」という意味はそんなに簡単ではないでしょう。

(2)では、武士道をもってくる。「卑怯なことはいけない」「大きなものは小さなものをやっつけてはいけない」とし、市場原理の弱肉強食を批判する。通常、倫理は宗教が顔を出すんでしょうが、武士道ですか。武士道は体系的でないから複雑な社会でどこまで有効でしょうか。もう少し、検証してはいかがでしょうか?

(3)「美しい自然があるところには、美しい情緒が生まれます。」「維新のころに欧米人が絶賛した田園はいま悲しいほどに荒んでいっています。」これは、そうでしょう。もちろん街並みもそうですが。しかし、なんだかんだといっても、評価の基準に、外国人が日本をどうみているかがあるようだ。武士道についても、外国人の多くが深く感銘したことをいちいち述べていますね。

(4)「天才を輩出するためには、そのおおもとに役に立たないものや精神性を尊ぶ心があります。」「そういったものは『市場原理主義』とは相容れない。」どっちみち、あんまり、意味のない主張だ。天才とは環境に関係なく突然変異的に現れるものですからね。

皇室典範の改正論議については
「世論も憲法も流動的なものです。にもかかわらず、それを基準にして改正案を作成したという。『国民の声と憲法を重視しました』といわれて、『そうですか』と満足してしまうような国民しかいないような国になってしまったのです。」と憲法や国民世論を重視しないことが品格ある国家であるような主張もする。これについては、論外ですね。こうした、極端な主張をするときは、もう少し精緻なロジックを持ってこないと、オカルトの類ですね。

本人もこの本を出す時は「世界中から総スカンを食らうかもしれないと」思っていたというが、まったくそのレベルの話でしょう。それが、ベストセラーになるなんて、新潮社の担当者の腕がよかったこともありますが、藤原教授もなかなか「市場原理」をよく理解し、チャッカリ演じているじゃありませんか。しかし、よく売れたね。やっぱ気になるタイトルだったのかな。世の中の、90%は数学コンプレックスだしな。

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by citywatch | 2006-03-12 18:38 | トピックス/時事評論